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updated 2017-08-07
〒193-0824東京都八王子長房町22-30042-664-6045

  



自己啓発運動療法メンタルマネジメントプログラム
 
ボルダリング解決志向セラピー(仮)
 

 ただいま作成準備中、しばらくお待ちください。


ボルダリングといって
あなたは何をイメージしますか?


ボルダリング(クライミング)とは、室内で手で握りこめるものから手で握りこめないものまで、様々な形の石の付いた2メートルから4メートル程の様々な傾斜の壁を下に安全マットを敷いた状態で、地面から決められた石を両手で掴みスタートし、登頂ゴールするときも決められた石を両手でタッチするというシンプルなルールでとにかく最高で4mほどの高さの壁を全身を使い登る2020年のオリンピックの種目にもなっている、今話題のスポーツです。

「体力、力がある人に向いている。運動が苦手な人には無理。太っているから無理。ものすごく難しそう。」
 
そんな先入観が登ったことのない方ほどあるのではないでしょうか?
 
ボルダリングは言うなれば、



「奇跡の連続を五感を通し体験できるメンタルマネジメントスポーツ」



と言えるでしょう。


なぜなら・・・・
   

  
想像してみてください・・・・・


指先だけで、掌だけで、数本の指だけで、足のつま先や踵を使い、自分の体重を支え、3mから4mほどの壁にへばりつきながらよじ登るあなたを。

 
更にその壁はあなたの正面から目の前に向かって倒れかかる感覚の傾斜壁で、大体90度の垂直の壁からスタートし、どんどん壁は前に倒れてきます100度ほどから120度、145度、160度、そして180度の天井状態まで様々な壁に、体の動きを工夫し、ほんのちょっとの勇気があれば、続けていれば必ず天井状態の体が仰向け状態のような壁でもウンテイや鉄棒のようにぶら下がるだけでなく、手足で踏ん張りながらへけるようになるあなたを。

 
そんな壁で足の甲、つま先、かかとを使い、そのような急傾斜壁でも縦横無尽のスパイダーマンのように重力に逆らいながら、時には足だけでぶら下がりながら疲れた腕や手の休憩さえできるようになるあなたを。



そんな壁から壁にムササビのように空中に体一つでジャンプし飛び移れるあなたを。

 
ドーム上の握り込むことのできない石を保持しながら、指の第一関節以内の幅しかない石に、指一本しか入らない穴に指を入れ、体を支えながらそれでもだんだん平気になるあなたを。

  
想像してみてください・・・・・


 そして、このうに一見ハードな全身運動で壁に登っているのにも関わらず、体がそれに老若男女、運動経験、体力がある無し関わらず、インドア派だろうが、それぞれ皆さんのペースでいつの間にか慣れてきて、またすぐに壁に登りたくなり仕方なくなり、気が付いたら様々な種類の壁に登れるようになり、そして、同時に様々な形であなたの心に様々な人生のヒント、気付き、発見、アイディアを獲得しているあなたを。

 
想像してみてください・・・・・
  
 


自己啓発運動療法メンタルマネジメントプログラム
ボルダリング解決志向メンタルセラピーとはそんな
 

最初はだれでも奇想天外に思える非現実感のスポーツ
 

「奇跡の連続を五感を通し体験できるメンタルマネジメントスポーツ」


 
と様々なカウンセリングルーム木陰の風のカウンセリング現場で実際に使われてきた心理アプローチ、近代カウンセリング、解決志向アプローチ、認知行動療法、ブリーフセラピー、エリクソンアプローチなど、その他様々ノウハウを組み合わせた全く新しい自己啓発のお悩みをメインに開発されたカウンセリングルーム木陰の風オリジナルの実践プログラムです。
  
皆さんもこの一見無理だと思われがちな奇想天外なスポーツで日々、自分の体に心に起き続ける奇跡の連続を体験し、このボルダリングを実践し続けることで、徐々に確実に皆さんのンタルに宿る可能性をかみしめながら、様々な生活の場の、自己啓発に、メンタルマネジメントに、セルフヒーリングに、人生の質の向上に役立ててみませんか?心よりお待ちしております。
 

 
 ボルダリング解決志向セラピーとは?


自己啓発的なお悩みに対して、恒久的な改善を目指すことを目的に、木陰の風でのクライアント様との膨大な11年のカウンセリング現場で使われてきた、近代心理カウンセリング、セラピーのノウハウとボルダリングというスポーツの自己啓発やセラピー要素の特徴を生かした、カウンセングルーム木陰の風のカウンセリング現場11年の実践現場経験、そして、心理職目線でボルダリング歴6年を通し、そこからの心理的な影響し続け、カウンセリングルーム木陰の風開発の独自のメンタル向上改善プログラムです。
 

●なぜボルダリングが自己啓発、心に有効なのか?
 
ボルダリングは、近年2015年、アメリカ、イギリスなどでの精神医学の世界で研究され、ドイツなどではうつ病の治療として早くも病院などで取り入れられています。その臨床によると、
 

Aグループのうつの方100名はボルダリングを8週間してもらう。
 
Bグループのうつの方100名には従来通り臨床医学のアプローチを8週間。それ以降からボルダリングをはじめてもらう。

 
その結果、Aグループのうの改善度が明らかに改善が進み、「重度」から「軽度」になったと臨床検査のデーターがでるなど報告されています。
 

うつなどの様々なお悩みの方に共通なのはその心の根幹には様々なケースでネガティブな思考を心の中で繰り返し、そのパターンを繰り返し、心が疲弊するというパターンが存在します。そのネガティブなイメージを繰り返すパターンをクライミングで程良い緊張感の中、壁に登るという、普段実生活では経験しない体験したことのない場に身を置くことにより、そのようなネガティブな思考を繰り返す心の中のパターンをストップさせる、あるいは心をフラットな状態にさせ、心の症状の緩和改善効果が認められることが、心にポジティブな影響を与える効果を2015年ころからこのような諸外国の臨床医学の研究で報告されはじめています。

 
私も、オフタイムにボルダリングを約6年して参りました。そして、その中、様々な他のクライマーと出会って参りましたが、お悩みや障害をお持ちの方も多岐にわたりいらっしゃることは感じてきました。
 
「アスペルガー、弱視の方、足が不自由な方、うつの方、なかなか転職が決まらない方、好きでない仕事の日々に嫌気がさし将来を不安がられていた方、就職活動で悩まれていた方、引きこもっていた方、運動神経で悩まれていた方、恋愛関係で悩んでいた方、友人がなかなかできなかった方、仕事の人間関係で悩んでいた方、集団行動が苦手だった方、入社した会社になじめなかった方、学校になじめない方、機能不全家族での成育過程にトラウマを抱えていた方、出会いがないと嘆いていた方」
 
その他、これまで私が出会ってきたクライマーの方々にボルダリングをはじめたきっかけやライフスタイルを聞く度、様々なお悩みを抱えていて、生活にクライミングを取り入れてみたら、人生が変わったなどという話も聴いて参りました。そのような方が日々ボルダリングジムにきては、生き生きとされている姿を数多くみて参りました。
 
ボルダリングは、歩くほどの体力、そして、手足があり、駅の階段家の階段を会社の階段、学校の階段を上がれる脚力さえあれば、誰にでも老若男女始められるスポーツです。
 
事実、ホームページのプロフィールにもありますように、私自身、元重度椎間板ヘルニアの後遺症で、今も左足は感覚麻痺は残った状態で、左足をしっかり、足場に踏んで登れているか?わからない感覚でも約六年、今も楽しみながら登っています。38歳から始め、知り合う人知り合う人に、先ほどのような何かしらのお悩みがありながら、ボルダリングを登っている姿にクライマー同士が影響されあい、ボルダリングをセルフセラピー感覚で、あるいは日々のモチベーションの維持に利用していると初心者の頃から一カウンセラーとして感じ続けて参りました。
 
また、ボルダリングをされている方の中には、お酒もたばこも嗜む方は大勢いらっしゃいます。体重のある方もふつうに登られています。またいわゆるインドア系の方、球技系の部活動をされたことのない方も数多く、いわゆる、運動音痴、球技などにセンスを感じられてこなかった人、もやしっこと昭和世代は言われていましたが、運動神経、筋力などに自信がない方も、のめり込みやすいスポーツだともよく言われています。有名どころでは、ボルダリングワールドカップで世界で戦っている日本代表クラスのクライマーにもその感覚の方が結構いらっしゃるようです。
 
「球技などのスポーツが苦手、走る、水泳も苦手だ」とあるメディアで話していました。
 
もちろん、アマチュアの私の周りのボルダリング仲間にも部活は帰宅部のような方、インドアの趣味ばかりだった方、仕事の日々で運動してこなかった方がクライミングにはまった話は頻繁に聞いてきました。
 
また、ボルダリングと同様、心理的な改善効果のあると言われているマラソンなど、その他のスポーツと違う点は、グレード(難易度)が上がれば上がるほど、高い自分の体を使ったゲーム性パズル的な要素があるところです。ボルダリングは一度登りだしたら、一手先の体の動きを間違えると、例えば、最初の一手目を右手でとるのが正規の動きなのに対して左手でとると、登れなくなるような、体の動きを登る前に頭の中で考え、イメージをしてから登るスポーツです。いざ登ってみればおわかりいただけると思いますが、その非現実感の重力に逆らい、壁にかじり付き、本能にしたがい、登りだしてから体の動きを想像する余裕など、初心者であればあるほど、その壁の難易度がグレードが上がれば上がるほどないことに気付かれることでしょう。傾斜がきつくなればなるほど、その非現実感は高まることでしょう。
 
壁に登る前に体の動きをイメージし、オブザベーションといいますが、どう登れば、高い可能性でその壁を登頂、ゴールにたどり着けるか?をいろいろ試行錯誤し、登頂を目指す。そんな体を使ったパズルのようなゲーム性、そして、何よりも気軽に始められる事が昨今ブームになっている理由だとも感じます。
 
球技など、団体種目のスポーツとはちがい、試合時間などもなく、せわしなさがなく、ゆっくり、それぞれ皆さんのペースで壁を前に考え、登る楽しさがあります。
 
「どう登れば楽に登れるか?そのとき体の動きはどうするか?足の位置は?」
 
など、登るまで壁に向き合う試行錯誤、そして、登れな買った壁をさらに試行錯誤する時間も含めて、いざ壁にかじり付いているときは現実に誰の手も借りることはできません。試行錯誤の積み重ねで、自力で登頂できたときの達成感は感極まる物があります。
 
ところで、山に登ると達成感ありませんか?とてつもなく長い階段を登り切ったときはどうでしょうか?なぜ休日に私たちは、山にわざわざ急な坂道を上りに、例えば、都内だと高尾山にわざわざ登るのでしょうか?富士山やその他の山に登に行くのでしょうか?
 
緑を見に行くだけならどうでしょうか?高尾山が仮に、ほんの標高差10mの丘で、仮に緩やかな高尾山ならぬ、高尾丘だったらどうでしょうか?それで毎年大勢の観光客が高尾丘に訪れるでしょうか?達成感はどうでしょう?標高差900m以上の山だから訪れるのだと言えるでしょう。富士山も同様だと思います。ある程度の高さの程良い非現実感、緊張感を維持しながら、急勾配を登り切り、頂上に着き、すばらしい展望を上から眺め、達成感を抱きながら、お茶やお弁当がおいしいのは、丘ではなかなか味わえないと言えるでしょう。
 
ボルダリングで登頂したときの感覚はさらにそれにも増して、ただ、山を足で歩くのではなく、動きやすい身軽な服装で、手足の指からつま先、腹筋背筋、足腰、五体をフルに使い、つま先と手だけで体を壁にかじり付いてその壁を登るその非現実感は五体を使うことで、さらに増加するとイメージされてよいでしょう。
 
体を曲げ伸ばして、体を創造しながら使うという意味では、壁の高さは2、8~4mほどの高さ、様々な傾斜角度で己の指や手を使い、足を使い、時には踏ん張ったり、時にはぶら下がったり、足を大きく上げ、かかとを使って壁に乗り込んだり、足の甲とつま先で挟んだり、膝を内側に曲げながら登ったり、様々な動きでその壁にかじり付きながら登頂を目指します。
 
己の身一つで登りはじめたら、後は己の体に心に任せて登りだし、そのときは誰も手を貸すことはできません。
 
そのような世界が日常生活にあるでしょうか?
 
そのような精神的にも肉体的にもポジティブな影響力のある可能性を秘めた、非現実感異空間体験をする割には、ボルダリングは始めるのにも、リーズナブルで、気軽に始められます、登るのに必要なものは、装備もすべてボルダリング専用のシューズとチョークを数百円でレンタルできますし、おもしろくなり、自分で装備を買ったとしても初期費用はボルダリング専用のシューズとチョークと己の体で、登山の装備をそろえるより桁が違うくらい、遙かにリーズナブルで始められるといえるでしょう。
 
非現実感を味わえる場は、高いときは3メートルから4m、低いときは3m未満、傾斜も80度から90度の垂壁、そこから手前に110~160度以上の傾斜壁、天井状態の180度まで、それらの角度の傾斜壁画組み合わさっていたり、その他さらに天井状態の壁まで様々なものがボルダリングジムにはありますが、初心者は大抵垂直の壁で登ることをおすすめしています。そして、徐々に様々な傾斜にチャレンジしたとき、そんな非現実感を味わいながら頭以外体前進を使い試行錯誤して登ったときの課程での体と心の感覚、登頂できたときの心と体の感覚はやはり、達成感と充実感の連続でしょう。
 
長年のカウンセリングの現場の中で、数々のクライアント様の改善の様子を垣間見て参りました。そして、やはり、
 
「クライアントの心の中の改善していく感覚は、ボルダリングで例えるなら、改善へ最初はつかめなかったホールドを試行錯誤して、一手一手とれないつかめないと思っていたホールドをつかめる喜びを噛みしめながら、自分の力で上り進め下を見ると自分がどれだけ上達しているかを5感で実感しながら、自信が宿り、勇気が宿り、登るたびに改善という頂上に近づいている、それまでの一手一手から何かを学びそれぞれの心の壁を登っているんだなー」
 
とカウンセリング現場で感じ続けて参りました。
 
そのカウンセリングを開始してから改善し、木陰の風を卒業するまでの、期間をボルダリングで例えるなら、壁を一手一手登り、その壁を登り終えた自信、自負をもとに、次に高い難易度の壁、それが登れたら、また次の、時には、途中で力つきてしたの安全マットに落ちたりしながら、そのようなイメージを重ねてクライアント様の改善を見守り続けて参りました。
 
実際に私自身も、頂上を目指して、壁にかじり付いたら無心になり登ることはやはり、心にポジティブなエナジーを与えると、カウンセリングの現場を通し、そして、ボルダリングで様々な難解な壁の頂上を掴む度、感じ続けて参りました。
 
また言葉の意味合い自体でも、気持ちが下向きをネガティブと表現され、上向きになることをポジティブと表現されることは日本人ならほとんどの人に備わる感性です。
 
私たちの心には、潜在的に何かを程良い緊張感の中で上を目指し登る行為は心の可能性を引き出し、様々な改善をもたらす一つの手段だと一カウンセラーとしても、一セラピストとしても、そして、一クライマーとしても感じます。
 
壁を登る行為を通し、例えば、ホールドの持ち方一つを試行錯誤の上、発見したときの気付き、体を少しだけ重心を移動しただけなのに楽に傾斜壁を登れたときの気付き、登る前はこれは無理だろうと思っていた壁を登頂できたときの達成感を味わう瞬間。そのような一見不可能だと思えたことが、どんどんできるという「不可能が可能になる」手応えの連続、発見、アイディアの創造。
 
程良い緊張感の中で刺激や集中する精神状態が、心をフラットな状態にさせ、そのような、「不可能が可能になるアイディアの創造」を生み出す効果も、木陰の風の日々のカウンセリング現場で様々な心理アプローチを使わせていただいてきた、一心理カウンセラー、一セラピストとしても感じます。そのような経緯から
 
ボルダリングがやはり、上述のアメリカ、イギリス、ドイツの精神医学の臨床研究の結果と同様、私自身も一カウンセラーとしてクライアントの日々を通し、ボルダリングと心理学的アプローチの関係性について、様々な私が出会ってきたクライマーの方々、そして私自身の身を持って、五年半研究してまいりましたが、やはり、上述の諸外国の研究のように、クライミングには、何かしらのポジティブなものを心や体に提供する働きがあると感じると共に、
 
先ほども申し上げましたように、ボルダリングを始める人の中に結構な割合で、様々なお悩みがある方が、ストレスがある方が実は登りはじめたきっかけである事実は着目すべき事だと感じます。
 
クライミングで新たな出発の決心がついた。人間関係を作るのが苦手だったのが人間関係に恵まれるようになった。失恋から立ち直れた、などなど、様々なクライマーの方々と知り合って間近で変化を感じ取って参りました。そこでメンタル向上改善実践運動療法プログラム、「ボルダリング解決志向・メンタルトレーニングセラピー」に繋がっていきます。
 

 
●精神医学見地での非現実感の心の世界へのポジティブな影響力とスポーツのゾーンと催眠状態の共通性
 
スポーツの世界で集中力が高まるとゾーンに入るという言葉をご存じでしょうか?プロ野球のバッターは集中すると時速150キロ以上でピッチャーが投げたボールの回転が見えるくらい、客席のヤジが聞こえなくなるほど集中すると言われています。
 
ボルダリングでも、同じように、私自身も幾度も感じるのですが、登っているときは周囲の友人だろうが、赤の他人のクライマーでも誰かが登っているとき、ガンバガンバという応援の言葉をかける文化がクライミングにはあるのですが、聞こえないときがあります。明らかに集中力が高まっているらしく、疲労で体が痛くて、力も入らないのに、なぜか、体が普段元気なときよりも、普段開けない角度に足が開けたり、つま先で踏ん張れないところで踏ん張れたり、思いしないようなパフォーマンスを発揮し、夢中で気が付いたら登頂して、登り終えたとき、はじめて、後から誰かの言葉に気付いたり、肘や方をぶつけて怪我していたり、痛みに気付くことがこれまで何度もありました。
 
これは、上述のコーチング、近代カウンセリングのルーツ、ミルトン・エリクソンの催眠という心の深い無意識の世界の見地で言うところの負の幻覚とよばれるものとの共通性を感じます。負の幻覚とは、あるはずの体の感覚が、五感、視覚、聴覚、体感覚がなくなることをいいます。
 
それに対して、例えば指を怪我して治っても、モチベーションが下がったときに登るときに起こるのですが、怪我をする前の登っているときの時間感覚より、遙かに長く感じます。一度その壁を登頂したあと、怪我をすると、登れたときはあっという間に登り切った感覚なのに、登るときの時間を計ったことがあるのですが、それが同じ時間で登っても、時間はあきらかにその時間表示より、長く感じたりします。傾斜のきつい壁に挑んでいるときなどでもやはり同様の感覚になります。実際145度やそれ以上の傾斜に挑んでいるとき、指先だけでホールドを摘むような難壁のときなども、時間が長く感じる。このように、同じ時間のはずなのに、長く感じる、なかったはずの物があるように感じる現象これを正の幻覚といいます。(正の幻覚のその他の具体例は当ホームページ、中段部、各種セッションについてをご覧ください)
 
そして、このような現象、心の無意識の世界にアクセスするきっかけとなるものが、実は、「非現実感」からくる、程々のどきどきした気持ちだったり、程良い緊張感、あるいは程良い混乱、様々なショックな出来事だと言われています。つまり、ボルダリングは気軽に始められ、程良い感覚で、「非現実感」を体験し、心の無意識の世界にアクセスするにはうってつけだと言えるでしょう。
 
ドクターでもあり、催眠療法を医学にも取り入れていたミルトン・エリクソンはその現象を応用し使用していました。末期のガン患者の痛みの緩和に使用したり、麻酔の代わりに使用したり、恐怖心の緩和、トラウマの克服、その他様々なシチュエーションでクライアントに使っていました。(詳細はミルトン・エリクソンの催眠療法入門、ミルトンエリクソン心理療法レジリエンスを育てる他各文献をご覧ください。もしくは、ご興味のある方は、セラピスト養成講座の中に催眠暗示のコースがあります。受けてみればそのさらに深い世界での理解が深まることでしょう。)
 
ボルダリング中、指も体も限界なのに、集中して登ると、どこかに膝をぶつけたり、腕をこすったり、ボルダリングではよくあることなのですが、登っていないときは激痛レベルの痛みのはずなのに、そんなことにも気が付かず、心の無意識レベルの世界が働き出すといったイメージです。当ホームページでは正の幻覚について記載されています。(詳細はホームページトップの中段あたりにある。各種セッションについて、心の症状と無意識の関係についてをご覧ください。)
 
このような現象をスポーツの世界では、プロの打者が打席に入り集中すると観客の声が聞こえなくなる、ボールの回転数がわかるくらい意識が集中する。ボルダリングは上述の通りのようなゾーン、これらは催眠の世界でいうなら負の幻覚、や正の幻覚との関連性が見えてくると言えるでしょう。
 
そして、このような現象と、上述のアメリカイギリスの精神医学会、ドイツでのボルダリングの治療効果、うつの患者の特長である頭の中のネガティブなイメージを繰り返すパターンを物理的に壁にかじり付き、3~4mの非現実空間に身を置いたとき、そのパターンを繰り返すことをストップさせたり、心をフラットにすることで、鬱の症状が緩和していることが報告されているとありましたがそこと繋がっていくと改めて木陰の風での11年のクライアントとの日々を振り返っても感じます。
 
よって、精神医学、近代カウンセリング、ボルダリングの関係性は
 
「精神医学の臨床対象として、ボルダリングを登り出すと、うつの方々がが、その日常生活から逸脱した、程良い高さの壁にかじり付いている非現実感、非日常の世界を体験し、心の中の無意識の力が心のお悩みに作用し、ボルダリングでの登っているとき、ゾーン、催眠状態と一カウンセラーとして表現しますが、そのような催眠状態に入りながら壁をかじり付きながら集中して登ることにより、うつの緩和改善に繋がったその可能性がある」
 
と、一カウンセラーとして、一セラピストとして、木陰の風のカウンセリング現場で、クライアントの改善に立ち会い続けてき感じます。
 
これらの正の幻覚、負の幻覚、あるいはその他の様々な心理アプローチを応用し、カウンセリングルーム木陰の風自己啓発プログラム、ボルダリングソリューションセラピーは応用されて使われています。
 


なぜ他のスポーツではなく、ボルダリングなのか?
 
スポーツの代表各はやはり球技があるでしょう。例えば野球なら場所を確保し、道具はたくさんそろえる必要があるでしょう、プロの打者の世界では、スイングの角度、バットの角度、体重の入れ方、重心の使い方、足のスタンス、150キロの球速で投げられたボールを人間の反応速度ぎりぎりの世界でバットを当てそれらの感覚を体に感じ取りながら、ある打者は150キロで向かってくる球に対して、球をバットのスイートスポットを巧みにコントロールし、ファールにしたり、左右真ん中と打ち分けたり、投げられたボールの下の部分にバットをこすりつけて回転を意識してスイングしてホームランを狙ったり、そのレベルを意識してもしなくても体が勝手に体が反応するまで練習する類の話をテレビのドキュメントで観たことがありますが、素人なら、球技はボールに接触する部分でその打った球の飛距離で道具を通し、バットを通してその手応えを感じることはできる可能性はあると感じますが、その成長の手応えを体全体で細かいレベルで感じる事は、プロレベルで練習しなければ、やはり、難しいと言えるのかもしれません。そして、ある程度のいわゆる運動神経、センスも必要とされるでしょう。その他の球技もそれは言えるでしょう。
 
それに対して、ボルダリングはこのページ序盤でもお話ししたように、そんな球技をしてこなかった人、30代以降からその魅力にハマる方も大勢いらっしゃいます。手足も含め、壁に登り出せば、すぐにおわかりになると思いますが、登っている感覚の手応えは体にダイレクトに壁は伝えてきます。その手足に伝わる感触、全身に感じる重力を通して、指、手のひら、脚、脚のつま先、上腕、前腕、肩、胸、腹、太股、ふくらはぎに、壁に登っている感覚が壁に登っているとき、登り終えたとき、ダイレクトに五感を通し体で感じることでしょう。重力の存在を、己の筋力や柔軟性をその壁の高さや傾斜を、そのときの精神力を体を通し向き合うことになります。
 
ではサッカーや他の球技はどうでしょうか?相手が必要であり、またチームメイトも必要な協議もあるでしょう。球技以外でも、メンタルのための運動療法は様々な形で、マラソン、ジョギング、ウォーキングなど様々なスポーツでも応用はできるでしょう。しかし、まず広いコースが必要です。球技は広い土地、設備や道具もお金がかかります。トレーニングジムでルームランナーではしっても、目標の数値はデジタル、そして、一流のマラソン選手でもない限りは体のつらさの克服で手応えを感じることでしょう。球技はチームメイトや相手を。個人種目の多くは対戦相手も必要になってきます。格闘技も同様でしょう。何かの道具を使い、場所を確保し、それをするために道具をそれなりの価格でそろえなくては始められないのが、ほとんどのスポーツに言えるでしょう。
 
いずれにしても、どんなスポーツでも怪我など100パーセントないとは言えませんが、非現実な空間、非日常に身をおくインパクト。これが上述のアメリカやイギリスやドイツの精神医学の見地からのうつの治療にボルダリングでの臨床効果、治療効果に関係していることはお話してた通りです。
 
その非現実感もあり、気軽に始められ、気軽な料金で始められ、道具もレンタルでき、という条件を含めると、スポーツの種目は限られてくると、ボルダリングの前にロードバイク、ジョギング、ウォーキング、ウェイトトレーニング、水泳、スキー、テニス、ソフトボール、卓球など様々なスポーツをしてきたものとしても改めて、ボルダリングを約6年してきた者として、経済的にも、場所的にも、人間関係も、老若男女だれでも手軽に己の身一つで始められ、心理的な影響力があり、自然の摂理であるう重力に逆らいながら、様々な種類の傾斜の壁に五体でぶら下がり、かじり付きながら登るボルダリングが心に深くポジティブに影響する可能性を一カウンセラーとしても、一クライマーとしても感じられずにはいられません。
 
最近では様々なボルダリングジムで、子供のためのボルダリング教室なども珍しくなく、多くの親子連れでお子さんが登り、それを見守るお父さん、お母さんの姿や、親子で登る姿をみていても、教育の観点でもすぐれた可能性を秘めており、ますます社会に私がボルダリングを始めた5年半前とは比較にならないくらい、メディアや社会にボルダリングは浸透し、心に様々な形でポジティブに働き、気軽に始められる証拠だとも一カウンセラーとして、一クライマーとして感じます。
 
気軽に始められ、経済的にも格安で始められ、壁に登ったとき、初心者の方は十分非現実的な感覚を味わうことになるでしょう。
 
非現実性という感覚はやはり、クライミングの他はスカイダイビングや、めちゃくちゃ危険な自然の断崖絶壁に挑むフリークライミングやアイスクライミング、登山、スキューバダイビング、モータースポーツなどがあるでしょう。しかし、やはり経済的にはお金が事実かかります。
 
命にリスクのない観点でも、安全性と非現実感のいい意味での両立が、経済的にも気軽に始められ、心へのポジティブな影響力、そのすべてを持ち合わせているのが、ボルダリングというスポーツだといえるでしょう。
 

精神医学の観点でも催眠療法の観点からでもボルダリングが心にアクセスするという意味では共通性があると、これはクライアントとの日々のカウンセリング現場で改善のための補助的に使用する催眠療法などの場面でのクライアントから手応えのある反応からでも改めて感じます。
 
まずは重力に逆らい、己の体一つで、壁と対話してみませんか?このページを読んでいる皆さんが壁を前にし、まずは頭の中で手を伸ばし、足をどのあたりにかけて登るか、体の動きをイメージし、壁に登りだしたとき、壁との対話は始まります。その体の動きのイメージがその壁にフィットしたときは確実に壁はそれを皆さんの体の感覚を通し、その思いに答えてくれ、登らせてくれることでしょう。しかし、フィットしなければ、登頂する前に、壁は皆さんを安全マットのお世話にさせることでしょう。
 
以上の経緯で、
 
カウンセリングルーム木陰の風では、お悩みを抱えるクライアントとの十一年以上の、実践経験の中で、精神的なお薬のお世話になる前の段階で、心療内科やカウンセラーのお世話になる前の段階で、その前のレベルで、昨今のますます混沌とした現代社会を生きていく上でのメンタルの向上、強化、メンタルサーポートの必要性を木陰の風にお越しになってきた様々なクライアントとの時間を通し、必要性を感じ続け、ボルダリングとさまざまな臨床心理学的アプローチに基づく、近代カウンセリング・セラピー理論をミックスさせた、全く新しいメンタル向上改善プログラム。ボルダリング解決志向メンタルセラピーを開発いたしました。
 

●近代カウンセリングからボルダリング解決志向セラピーへの昇華


世間巷にあふれるコーチングと呼ばれるものは自己啓発の代表格といえるでしょう。そのルーツとしての代表各が「神経言語プログラム、NLP」と呼ばれる物で本屋の心理学コーナー、自己啓発コーナー、ビジネスコーナーなどで探せばいくらでも出てきます。そして、実は、そのNLPのルーツが木陰の風で行われている近代カウンセリングで使われているエリクソンアプローチ。催眠療法を精神医学の世界に立脚させたアメリカの心理療法の偉人、ミルトン・エリクソン博士のアプローチが、そのNLPのルーツに実は大きく関わっています。そして、そのエリクソンアプローチは木陰の風でのクライアント様の改善の手立てとして使われている近代ブリーフセラピー、解決志向アプローチなどにも影響を与えていて、そこから今日の近代カウンセリング、セラピーはあります。

では、近代カウンセリングの世界で、そのようなコーチングとどのように関わっているのかと、実際のカウンセリング現場でどのように使われているかとご説明させていただくと、

木陰の風のカウンセリング現場でクライアントの改善がそれぞれお一人お一人のペースで進み、様々な自信を取り戻したり、勇気がわいたり、できることが増えたり、カウンセラーとの日々の中で様々なアイディアが生まれクライアントがそれを実生活の中で実践していく内に、症状お悩みが改善していく様子を間近で見てきて、これまでの10年以上のカウンセリング現場の日々を振り替えると、改善度が60~90パーセントくらいの感覚でクライアントが自らの意志で、カウンセリングを卒業し、新しい人生を歩むケースで、全体の七割から八割。残りの三割から2割は、それでも改善はしたものの、後一押し背中を押してもらいたい方が事実、大勢いらっしゃいます。そんなときにクライアントの心と体の状態を見極めながらのアプローチが実はほぼ、コーチングで、カウンセリング時間の7割から8割をコーチング+ノンバイオレンスを心掛ける意識でクライアントとの時間を過ごします。

そのクライアントの恒久的な改善そして、

「後一押ししてもらいカウンセリングに頼らず、自分の足で新たな人生を踏み出していけるのに」

そんなクライアントの主体性のニーズにお答えするため、介入方法として取り入れられています。

カウンセリングとコーチングは一見違う世界のようですが、実は全く無関係ではないと木陰の風で10年以上クライアントと向き合い続け感じ続けて参りました。

そして、さらにカウンセリング現場でのクライアントの改善する全体的な流れと、ボルダリングの全体的な上達の流れもとても実は似ています。 

ある時は壁が立ちはだかることもあるでしょう。カウンセリング現場のクライアントは日々己の心の壁に向き合い続け、それを自らのアイディアでその壁を一つ一つそれぞれ皆さんのペースで乗り越えていき、そのたびに自己実現、アイデンティティレベルで自信を手にされ、カウンセリング似お越しになっていたころとは別人になっていく様々なクライアントの改善する様子をカウンセリングを通し、その課程を観て参りました。

それに対してボルダリングもやはり、まずは登り、その壁になれると、さらに上の難易度にグレードが上がれば上がるほど、試行錯誤し、それでも登頂できないときは安全マットに力つきて落ち、創意工夫が始まります。ある友人クライマーは、ボルダリング以外のトレーニングを取り入れたり、自発的に食生活を変えてみたり、サプリメントを取り入れたり、通勤で吊革を指だけで保持してみたり、暇さえあれば体幹トレーニングをしたり、登らないでうまい人の体の動きを観察してみたり、ヨガをしてみたり、走ったり、ボルダリングの上達のために、難易度の高い壁に行けば行くほど己の主体性を持ちながら、一つ一つ試行錯誤を繰り返し、登頂に近づいていく。己の体一つで壁にかじり付き、登頂し、自信を深めていく。

クライアントがカウンセリングの度に自信をつけ、自分の可能性に気付き、改善へ何ができるか模索する時に改善度が停滞する時期にアイディアや創意工夫を自らの主体性、自主性をもって行動に移し、カウンセリングの度に輝きを増していく姿を木陰の風のカウンセリング現場で数え切れないほど観て参りましたが、その感覚とボルダリングというスポーツの上達課程は酷似していると、ボルダリングにオフタイム向き会い続けて一カウンセラー目線としても、一クライマー目線としても感じます。

また、ボルダリングではダイレクトに体に実にわかりやすく、成長は体の五感を通し、視覚的にも体の感覚を通しても、心の世界を通しても、時には一手先に進むだけでも、試行錯誤した先の一手上に登ることができた感覚。不可能と思えたホールドが気が付いたらつかめるようになっている感覚。登り始めたばかりの頃は登れなかった不可能と思えた傾斜や保持できないと思いこんでいたホールドをつかめて登れたり、不可能が可能になる瞬間瞬間をここまでダイレクトにわかりやすく、心にも体にも印象付けられるスポーツはなかなか他のスポーツでは味わえない感覚もまた、クライアントが一見不可能に思えた行動をとれるようになったり、不可能に思えた相手に話しかけられるようになったり、そんな瞬間瞬間の勇気を得る。自信を得る。そんな

「ボルダリングの成長とクライアントの改善との共通性は最初は不可能だと思っていたことが、気が付いたらできるようになっていく、そのような不可能の連続を可能にする度に感じる心へのポジティブな影響力」

この点もまた、ボルダリングの成長過程と、クライアントの成長過程の関係性についてクライミングを始め気付き、約6年研究して参りました。
そして、精神医学見地での非現時感の心の世界へのポジティブな影響力とスポーツのゾーンと催眠での改善との共通性に高い可能性を感じるに至りました。

●ボルダリングを登る際の心理的な気付きの数々、心への影響


ボルダリングは他のスポーツとは違い、足と手、そして、階段を上がる駅のホームを上がる脚力さえあれば、誰でも始められる実は気軽なハードルの低いスポーツだと言えるでしょう。

また、同様の心理的な改善効果のあると言われているマラソンなど、その他のスポーツと違う点は、グレード(難易度)が上がれば上がるほど、高い自分の体を使ったゲーム性パズル的な要素があるところです。ボルダリングは一度登りだしたら、一手先の体の動きを間違えると、例えば、最初の一手目を右手でとるのが正規の動きなのに対して左手でとると、登れなくなるような、体の動きを登る前に頭の中で考え、イメージをしてから登るスポーツです。いざ登ってみればおわかりいただけると思いますが、その非現実感の重力に逆らい、壁にかじり付き、本能にしたがい、登りだしてから体の動きを想像する余裕など、初心者であればあるほど、ないことに気付かれると思います。

登る前に体の動きを登る前に体の動きをイメージし、どう登れば、そのゴールにたどり着けるか?をいろいろ試行錯誤し、登頂を目指す。そんな己の体を使ったパズルのようなゲーム性、そして、何よりも気軽に始められる事が昨今ブームになっている理由だとも感じます。

球技など、団体種目のスポーツとはちがい、試合時間などもなく、せわしなさがなく、ゆっくり、それぞれ皆さんのペースで壁を前に考え、登る楽しさがあります。

「どう登れば楽に登れるか?そのとき体の動きはどうするか?足の位置は?」

など、考えている時間も含めて、自分の力で登頂できたときの達成感は感極まる物があります。

ところで、山に登ると達成感ありませんか?とてつもなく長い階段を登り切ったときはどうでしょうか?なぜ休日に私たちは、山にわざわざ急な坂道を上りに、例えば、都内だと高尾山にわざわざ行き登るのでしょうか?富士山やその他の山に登に行くのでしょうか?緑を見に行くだけならどうでしょうか?高尾山が仮に、ほんの標高差10mの丘で、仮に緩やかな高尾山ならぬ、高尾丘だったらどうでしょうか?それで毎年大勢の観光客が高尾丘に訪れるでしょうか?達成感はどうでしょう?標高差900m以上の山だから訪れるのだと言えるでしょう。富士山も同様だと思います。ある程度の高さの程良い非現実感、緊張感を維持しながら、急勾配を登り切り、頂上に着き、すばらしい展望を上から眺め、達成感を抱きながら、お茶やお弁当がおいしいのは、丘ではなかなか味わえないと言えるでしょう。

ボルダリングで登頂したときの感覚はさらにそれにも増して、ただ、山をつえを突いたりして足で歩くのではなく、さらにその非現実感は増加するとイメージされてよいでしょう。体を思い切り前進を曲げのばしして、体を創造しながら使うという意味では、壁の高さは3~4mくらいですが、様々な壁の傾斜角度で己の指や手を使い、足を使い、時には踏ん張ったり、時にはぶら下がったり、足を高くあげたり、かかとを使ったり、足の甲を使ったり、様々な動きでその壁にかじり付きながら登頂を目指す。己の身一つで登りだした誰もそれに手を貸すことはできません。そのような異空間体験をする割には、登るのに必要な者は、装備もすべてボルダリング専用のシューズとチョークを数百円でレンタルできますし、おもしろくなり、自分で装備を買ったとしても初期費用はボルダリング専用のシューズとチョークと己の体で、登山の装備をそろえるより遙かにリーズナブルで始められるといえるでしょう。非現実感を味わえる場は、高いときは3メートルから4m、低いときは3m未満、傾斜も80度から90度の垂壁、そこから手前に110~160度以上の傾斜壁、それらの角度の傾斜壁画組み合わさっていたり、その他さらに天井状態の壁まで様々なものがボルダリングジムにはありますが、初心者は大抵垂直の壁で登ることをおすすめしています。そして、そんな非現実感を味わいながら頭以外体前進を使い試行錯誤して登ったときの課程での体と心の感覚、登頂できたときの心と体の感覚はやはり、達成感と充実感の連続でしょう。

長年のカウンセリングの現場の中で、数々のクライアント様の改善の様子を垣間見て参りました。そして、やはり、

「クライアントは心の中のボルダリング壁を一手一手登るたびに改善という頂上に近づいている、それまでの一手一手から何かを学びそれぞれの心の壁を登っているんだなー」とカウンセリング現場で感じ続けて参りました。

その改善過程の様子は例えるなら、壁を一手一手登り、登り終えたら次に高い難易度の壁、それが登れたら、また次の、時には、途中で力つきてしたの安全マットに落ちたりしながら、そのようなイメージを重ねてクライアント様の改善を見守り続けて参りました。上を目指して、壁にかじり付いたら無心になり登ることはやはり、心にポジティブなエナジーを与えると、カウンセリングの現場を通し、感じ続けて参りました。

また言葉の意味合い自体でも、気持ちが下向きをネガティブと表現され、上向きになることをポジティブと表現されることは日本人ならほとんどの人に備わる感性です。

私たちの心には、心には潜在的に何かを程良い緊張感の中で上を目指し登る行為は心に改善をもたらす一つの手段だと一カウンセラーとしても、一セラピストとしても、そして、一クライマーとしても感じます。

壁を登る行為を通し、そこからの気付き、発見、アイディア、を含めたポジティブな心の変化。それをもっと気軽な感覚で、非現実的な壁にかじり付きながら登ることによる、程良い緊張感の中で刺激や集中する精神状態が、心をフラットな状態にさせる効果もあると、一カウンセラーとしても感じます。

木陰の風の心理カウンセラーとして、ボルダリングがやはり、そのような経緯で上述のアメリカの精神医学の臨床研究の結果と同様、私自身も一カウンセラーとしてクライアントの日々を通し、ボルダリングと心理学的アプローチの関係性について、様々な私が出会ってきたクライマーの方々、そして私自身の身を持って、五年半研究してまいりましたが、やはり、上述の諸外国の研究のように、クライミングには、何かしらのポジティブなものを心や体に提供する働きがあると、先ほども申し上げましたように、様々なコンプレックスやお悩みがある方が、ストレスがある方が実は登られている事実は着目すべき事だと感じます。

クライミングで新たな出発の決心がついた。人間関係を作るのが苦手だったのが人間関係に恵まれるようになった。失恋から立ち直れた、などなど、様々なクライマーの方々と知り合って間近で変化を感じ取って参りました。そこで自己啓発プログラム、ボルダリング・ソリューションに繋がっていきます。






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